教材研究ラボ
教室の机で、トレーに並べた3枚の色カードの1枚目に指を置いて見つめる3年生。後ろの黒板にも同じ色のカードが3枚貼られている

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ワーキングメモリ ― 「聞いていない」と決めつける前に

情報を覚えておきながら考える「心の作業台」、ワーキングメモリ。しくみと学校で見える姿、授業でできる支援をまとめる。

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目次
  1. ワーキングメモリとは
  2. しくみ ― バドリーのモデル
  3. 入り口には「注意」がある
  4. 容量には限りがあり、個人差が大きい
  5. 学校で見える姿
  6. 授業でできる支援
  7. 指示の出し方
  8. 板書とノート
  9. 計算・読み・書き
  10. 本人が使える方法を育てる
  11. 試して、確かめて、調整する
  12. 「鍛える」より「減らす・補う」
  13. 教員として考えたいこと

ワーキングメモリとは

ワーキングメモリは、情報を短い時間だけ覚えておきながら、それを使って考えたり作業したりする働きのことだ。 「覚える」だけでなく「覚えたまま何かをする」ところに特徴がある。

たとえば、次のような場面で使われている。

  • 先生の指示を覚えたまま、道具を出す
  • 繰り上がりの「1」を覚えたまま、次の位の計算をする
  • 黒板の文を少しずつ覚えて、ノートに写す
  • 書きたいことを頭に置いたまま、字の形や句読点を考えて作文を書く

よく「心の作業台」や「頭の中のメモ帳」にたとえられる。作業台は広くない。載せられる量には限りがあり、何かを載せすぎると、先に載せていたものが落ちてしまう。

しくみ ― バドリーのモデル

ワーキングメモリの考え方としてよく知られているのが、心理学者のバドリーとヒッチが1974年に示したモデルである。 のちに2000年、バドリーが「エピソード・バッファ」を加えて、次の4つの要素で説明されるようになった。

中央実行系が上にあり、その下の音韻ループ・エピソード・バッファ・視空間スケッチパッドと矢印で結ばれている。さらにその下に長期記憶が置かれた、ワーキングメモリのしくみの図

要素 働き 学校での例
中央実行系 注意を向ける・切り替える・いらない情報をおさえる司令塔 周りの話し声をおさえて、先生の話に注意を向ける
音韻ループ ことば・音・数を、心の中で繰り返しながら保つ 聞いた指示や電話番号を、口の中で唱えて覚えておく
視空間スケッチパッド 形・色・位置などをイメージとして保つ 黒板のどこまで写したかを覚えておく
エピソード・バッファ いろいろな情報と長期記憶の知識をまとめて保つ 話の流れを、知っていることと結びつけて理解する

入り口には「注意」がある

目や耳に入った情報が、すべて同じようにワーキングメモリで使われるわけではない。注意を向けた情報は作業台に載せて使いやすくなり、注意が別のものに向いていると、耳に入っていても十分に取り込めないことがある。

左に先生の声・黒板の文字・廊下の物音・友だちの話し声などの「外からの情報」が並ぶ。真ん中の「注意」の入り口を通ったものだけが作業台(ワーキングメモリ)に載り、通らなかったものは保持・利用されにくい。作業台は下の長期記憶と行き来している図

注意には、いくつかの働きがある。

注意の働き 内容 授業での場面
選択的注意 必要な情報を選び、いらない情報をおさえる 隣の話し声ではなく、先生の声を聞く
持続的注意 同じ対象に注意を向け続ける 説明が終わるまで聞き続ける
分割的注意 いくつかの対象に注意を配る 黒板を見ながら、先生の説明を聞く

「聞いていたのに覚えていない」は矛盾ではない。音は耳に届いていても、その瞬間に注意が別のものに向いていれば、作業台に十分に載らないことがある。

容量には限りがあり、個人差が大きい

一度に保てる量はかなり少ない。古くはミラー(1956年)が「7±2」と示したが、現在では、まとまりの数で数えると4つ前後(コーワン、2001年)とする見方がある。ただしこれは、主に大人を対象に、くり返しやまとめ直しを使いにくい条件で調べた推定である。子どもでは少なく、課題によっても変わる。

作業台を4つのます目で表した図。模式図。左は九九があやふやな子で、7を何度もたして求めるために「問題(7×9)」「今の合計」「たした回数」「次にたす7」を覚えて更新し続け、ます目がすべて埋まっている。右は九九が身についた子で、答えの「しちく 63」を長期記憶から1つのまとまりで取り出せるので、ます目は1つで済み、残りに問題文や次の手順を載せられる

同じ「7×9」でも、九九が身についていれば、答えを「しちく 63」という1つのまとまりで取り出せる。身についていなければ、今の合計や、何回たしたかを覚えて更新し続けることになり、それだけで作業台がいっぱいになりやすい。

さらに、ワーキングメモリには大きな個人差がある。イギリスの研究者ギャザコールとアロウェイは、7〜8歳の30人学級には、4歳ごろの水準から11歳ごろの水準までの子どもがいると述べている(ワーキングメモリの課題の成績についての例で、発達全体の年齢ではない)。 同じ指示を同じように聞いても、ある子には楽に載り、ある子には載りきらない。それは努力の差ではない。

学校で見える姿

ワーキングメモリが小さい子は、学校で次のような姿を見せることがある。

  • 指示を聞いていても、動いている途中で何をすればよいか分からなくなる
  • 一度にいくつも言われると、最初か最後の1つだけをする
  • 板書を写すのが遅い、行や字を飛ばす
  • 繰り上がり・繰り下がりのある計算や、暗算でつまずく
  • 文章題で、問題文を読み終えるころには前半を忘れている
  • 作文で、書いているうちに何を書こうとしていたかを忘れる
  • 手を挙げて指名されたときには、言いたいことを忘れている

ワーキングメモリの弱さは、ADHD や学習障害(LD)、知的障害のある子に見られることがある。ただし診断の有無にかかわらず、どの学級にも作業台の小さい子はいる。

知的障害のある子どもについては、短期記憶やワーキングメモリに制約がある一方で、時間をかけて覚えたことは比較的保たれるという研究報告もある(記憶の種類や課題、障害の背景によって結果は異なる)。また、くり返す・仲間分けするといった覚える工夫(記憶方略)を知っていても、自分からは使いにくいことがある。教えるだけでなく、「やってみたら覚えられた」という体験を重ねることが大切になる。 ことばを覚えるのが苦手か、形や位置を覚えるのが苦手かは、障害の背景によっても違う。障害名から一律に判断せず、その子がどちらでつまずきやすいかを見ていきたい。

授業でできる支援

基本の考え方は、作業台に一度に載せる量を減らすことと、覚えておく仕事を外に出すことである。

左は、3つの指示を口で一度にまとめて伝え、子どもが途中で「何だっけ」となる例。右は、指示を番号付きで黒板に残し、1つずつ伝えることで、子どもが忘れても黒板を見て自分で次に進める例

指示の出し方

  • 指示は短く、1回に1つ。「〜して、〜して、〜してね」とつなげない
  • 手順は番号を付けて黒板やカードに残す。覚えておく仕事は、黒板やカードに肩代わりさせてよい。
  • 「教科書をしまう」「鉛筆を置く」など、毎時間のように使う指示はカードにしてラミネートし、裏にマグネットを付けておく。貼るだけで済むので板書の時間を節約でき、いつも同じ形で示せるので子どもも見通しをもちやすい
  • 話す前に注意をこちらに向ける。たとえば「鉛筆を置きます」とだけ言い、置いたのを確かめてから次の説明をする(顔を上げることを一律に求めず、その子が聞き取りやすい姿勢を認める)
  • 大事なことは最初に言い、最後にもう一度確かめる

板書とノート

  • 写す量を減らす。ワークシートや、一部を書き込むだけの穴埋め形式を使う
  • 手元に写す見本を置く(遠くの黒板と手元を何度も往復させない)
  • 行の頭に印や番号を付け、どこまで写したかを見失わないようにする

計算・読み・書き

  • 途中の数をメモしてよい、筆算で繰り上がりを小さく書いてよい、と認める
  • 文章題は、読みながら線を引く・図にするなど、情報を紙の上に出す
  • 作文は、書く前に話したことや思いついたことをカードに書き出してから並べる
  • 九九や漢字など、基礎を少しずつ自動化して、作業台を空ける

本人が使える方法を育てる

  • 忘れたときに「もう一度言ってください」「黒板を見ます」と言える・できるようにする
  • メモを取る、手順表を見る、など自分に合った方法を一緒に見つける

これは自立活動でいえば「環境の把握」の区分、特に「感覚や認知の特性についての理解と対応に関すること」にかかわる。自分の覚え方の特徴を知り、道具を使って補えるようになることは、学校を出たあとも役に立つ。自立活動として扱う場合は、個別の指導計画でその子の目標を立てて指導する。

試して、確かめて、調整する

支援は、一度決めたら終わりではない。

  1. 観察する:指示のどの段階で止まるか、何を聞き返すかを見る
  2. 試す:指示を分ける、手順表を置くなど、手立てを一つ選んで試す
  3. 確かめる:聞き返しや止まる回数が減ったか、本人の負担が増えていないかを見る
  4. 調整する:文字の手順表が読みにくければ絵や実物にする、メモを書くこと自体が負担なら教員が用意したカードを指さすだけにする、など形を変える

「鍛える」より「減らす・補う」

ワーキングメモリそのものを鍛えるトレーニングも研究されてきた。 しかし、練習した課題そのものは上達しても、その効果が読み書きや計算などの学力にまで広がるかについては、否定的な結果を示すメタ分析(メルビー=レルボーグとヒュルム、2013年)があり、2016年の再分析でも、読み書きや計算など練習した課題と離れた力への効果は確かめられなかった。練習した課題に近いものへの効果を報告する研究はあるが、教室での学力の向上を期待して取り入れるには、慎重でありたい。

教室でまず取り組むべきなのは、子どもの作業台を無理に広げることではない。課題の側の負荷を減らし、道具で補うことである。

教育心理学の認知負荷理論では、学習中に作業台にかかる負荷を、従来、次の3つに分けて説明してきた(3つめを独立した負荷として扱わない整理もある)。

負荷 内容 例
内容そのものの負荷 学ぶ内容の難しさ(すでに知っていることが多いほど軽くなる) 整数のたし算より、分数のたし算のほうが複雑
教え方から生まれる余計な負荷 提示のしかたや指示のわかりにくさ 長い口頭指示、情報が散らばった板書、写している間にも新しい説明が続く
理解を深めるための負荷 考えを整理し、身につけるための負荷 自分の言葉で説明する、図にかいてみる

教員が最も減らしやすいのは、2つめの「余計な負荷」である。そこで空いた分を、3つめの「理解を深める」活動に回したい。

教員として考えたいこと

授業中に「さっき言ったよね」と言いそうになったら、その子の作業台に何が載っていたかを想像したい。 指示が多すぎなかったか。黒板に残っていたか。その前の活動の情報で、作業台がいっぱいになっていなかったか。

子どもの「できなさ」を、子どもの側だけでなく、課題と環境の側からも見直す。ワーキングメモリの考え方は、そのための具体的な手がかりになる。