
講義まとめ聴覚障害の心理・生理・病理Ⅱ聴覚障害自立活動:人間関係の形成(2)自立活動:人間関係の形成(4)自立活動:心理的な安定(1)自立活動:コミュニケーション(3)
講義まとめ講義まとめ・聴覚障害の心理・生理・病理Ⅱ「きこえない聴児」ではない ― 聴覚障害の心理:言語の発達、認知の特徴、心の理論、社会性と情緒
聴覚障害の心理・生理・病理Ⅱで学んだ、聴覚障害のある子どもの言語発達と臨界期、視覚的注意や記憶・関係づけといった認知の特徴、心の理論の発達と会話の質、情動の調整や友人関係などの社会性・情緒の発達と、教室でできる手立てをまとめる。
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聴覚障害の心理・生理・病理Ⅱの講義では、聴覚障害のある子どもの言語、認知、社会性と情緒の発達を、心理学の研究から学んだ。テキストは、ハリー・クノールスとマーク・マーシャークが編んだ本の日本語版、四日市章・鄭仁豪・澤隆史 編『聴覚障害児の学習と指導 ― 発達と心理学的基礎』(明石書店、2018年)である。海外の研究に、日本の研究や実践を補った構成になっている。
聞こえの仕組みや難聴の種類、コミュニケーション手段の移り変わりは、聴覚障害教育総論の講義のまとめに書いた。
聴力だけを取り除いた子どもではない
テキスト全体を通して繰り返されるのは、次の考え方である。
聴覚障害児は、聴児から聴力だけを取り除いた存在ではない。
聞こえる子ども(聴児)から耳の働きだけを引いた姿として考えると、見誤る。言葉や情報をどのように受け取ってきたかという経験は、注意の向け方や学び方、人との関わり方に影響する。その経験は、聞こえの程度、聞こえにくくなった時期、家庭や学校の言語環境によって一人一人大きく違い、必要な支援も違う。
テキストは、口話か手話か、通常の学校か聾学校か、という論争に答えを求めても、全ての子に効く「銀の弾丸」のような方法はないとしていた。教師の実践から得た知恵と、利用できる一番確かな研究の結果を合わせて、一人一人に合った方法を探る、というのがテキストの立場である。
この記事で紹介する研究の結果は、集団で見られた傾向である。目の前の子に当てはまるかは、その子の様子を見て確かめる。
言語の発達
早い時期から、分かる言葉で豊かにやりとりする
言語の獲得には、獲得しやすい時期(敏感期)がある。テキストは、音声でも手話でも、乳幼児期のできるだけ早い時期から、子どもが十分に分かる言語で豊かなやりとりをすることが大切だとし、言語に触れるのが遅れると、特に文法の面で困難が長く残りやすいという研究を紹介していた。ただし、その後の支援で伸びる余地がなくなるわけではない。人工内耳の効果も、早い時期に装用し、親子の豊かなやりとりで言葉が入るときに出やすいとされる。
米国の調査では、聴覚障害のある子どもの大多数は、聞こえる親のもとに生まれている。テキストは、手話と音声のどちらが親子の結び付きに有効かを示す証拠はないとし、親が子どもにとって一番分かりやすい言語の使い手になることを求めていた。テキストによると、その後の発達をよく予測するのは、聞こえの程度より、親子のコミュニケーションがうまくいっているかどうかである。
生活の言葉から、学習の言葉へ
テキストが紹介していた日本の研究では、聴覚障害のある子の日本語の語彙は、数が少ないうえに、一つの語について知っている意味が狭く、語と語のつながりが弱い傾向が報告されていた。生活の中でよく使う語から身に付き、抽象的な語や生活に縁の薄い語は身に付きにくい。助詞、受身、やりもらいの文などの理解に困難が出やすいという報告もある。
テキストは、目の前の場面に支えられた生活の言葉から、教科の学習で使う抽象的な言葉への移行が、「9歳の壁」と呼ばれる学習のつまずきを越えるうえで大きな意味をもつとしていた。たとえば理科の「蒸発」という語なら、水たまりが乾く場面、洗濯物が乾く場面と結び付け、図と短い文で「水が目に見えない水蒸気になって空気中に出ていく」と確かめる。一つの語をいくつもの場面で使うことで、意味が広がる。
認知の特徴
聞こえから知的な力を判断しない
テキストは、ほかの障害を併せもたない場合、言葉を使わない知能検査では、聴覚障害のある子と聴児の平均に差はないとしていた。聞こえにくいことから知的な力を低く見積もってはいけない。学習のつまずきは、言語や情報をどれだけ受け取れてきたか、授業の進め方、一人一人の認知の特徴などを合わせて考える。
テキストが紹介していた研究のうち、教室に関係するものを挙げる。研究によって結果が分かれるものもある。
| 特徴 | テキストが紹介する研究 | 教室での手立ての例 |
|---|---|---|
| 視覚的な注意の配り方 | 早くから聞こえない人や手話を使う人を対象とした研究で、視野の周辺の動きに気付く、注意を素早く移すといった特定の課題で優れた結果が報告されている。視力がよいということとは別である | 話す人の顔や手が見える座席にする。注意を向けてほしいときの合図を決める |
| 見ることの取り合い | 手話や口元を見て説明を受け取る場面では、話す人と資料を交互に見なければならない | 資料を見る時間と説明する時間を分ける。視覚的な情報を増やしすぎない |
| 記憶 | 主に使う言語によって、順番を覚える課題と位置を覚える課題の得意さが違うという報告がある。結果は課題によって分かれる | 本人が覚えやすい示し方を確かめる。手順を掲示するなど、覚えておく負担を外に出す |
| 関係づけ・統合 | 一つ一つの情報は分かっても、それらを結び付けて概念をつかむこと、文章の中の関係を捉えることが難しい場合がある | 情報どうしのつながりを図や線で見えるようにする |
| 理解の見積もり | 読んだり聞いたりしたことを、自分が思っているほど理解できていないことがある | 「分かった?」で済ませず、要点を説明してもらう。手話、文字、図、実演など本人が表しやすい方法でよい |
テキストは、字幕付きの映像を見た研究で、見ていた時間のおよそ4割が字幕に向けられ、映像そのものを見る時間が限られたという例も紹介していた。字幕と映像の間で視線を配分しなければならないことを示す例である。視覚的な支援は大切だが、量と示し方を考える必要がある。
情報は保障し、判断する機会は残す
テキストは、親や教師が先回りして子どもの代わりに判断したり、手順を全て決めたりすると、子どもが自分で問題を解決する機会が減り、計画を立てる、自分の考えを振り返るといった力(実行機能やメタ認知)や自信が育ちにくい可能性を指摘していた。一方で、手順を目に見える形にするよう促す、教師が考える道筋を言葉にして見せる(モデリング)といった働きかけで、問題を解く力が伸びたという研究もある。説明は手話や文字なども使って確実に届けたうえで、取り組む順番や方法は本人が選ぶ場面を残しておく。
心の理論と会話
心の理論とは、他者には自分と違う考えや気持ちがあると理解し、それを推し量る力である。聴児はおおむね4〜5歳で、他者が事実と違うことを信じている場面(誤信念)を理解できるようになる。テキストが紹介していた研究では、聞こえる親のもとで育ち、言語に触れるのが遅れた子に、この課題の通過が数年遅れる例が報告されていた。一方、聞こえない親のもとで手話で育つ子や、聞こえる親とでも手話で十分にやりとりしている子は、遅れが小さいという。
人工内耳を装用し、音声の力が聴児に近い子でも、遅れが見られることがある。関連する要因として、テキストは会話の内容を挙げていた。「思う」「知っている」「〜したい」といった心の動きを表す言葉や、「お母さんは〜と思っている」のような文を含む会話に、本人が分かる形で触れる機会が少ないと、他者の心を推し量る力が育ちにくいと考えられている。これは家庭だけの問題ではなく、学校で友達や先生との会話にどれだけ加われているかも関わる。
テキストが挙げていた手立ては、他者の意図や考え、期待について話し合う機会を多く作ること、物語を読んだときに登場人物が何を望み、何を思っていたかを話したり書いたりすることだった。家庭に協力を頼むときは、絵本を読んだ後に登場人物の気持ちを話題にする、といった具体的な例を伝える。
社会性と情緒の発達
気持ちの表し方を学ぶ機会
社会性や情緒の発達は、学業の成績とも互いに影響し合う。テキストによると、聴覚障害のある子は、表情から相手の気持ちを読み取る知識は聴児と近いが、相手や場面に応じて感情の表し方を調整すること(表示ルール)が難しい場合がある。嫌な結果には注意を向けても、そこに至った理由や出来事には注意を向けにくいという研究もある。
関連する要因として、テキストは、日常の何気ない会話の中で感情の扱い方を学ぶ機会が少ないことを挙げていた。学校では、何が起きて、どんな気持ちになったかを言葉にして確かめ合い、「嫌だった」と伝える、助けを求めるといった、気持ちを安全に表す方法も一緒に考える。
集団の会話に加わりにくい
友人関係について、テキストは、聴覚障害のある子は嫌われてはいないが無視されやすく、友達が少ない傾向があるという研究を紹介していた。人工内耳を装用した子についても、一対一ではうまく関われるのに、3人以上の集団で、よく知らない子どうしの会話に加わることが難しいという報告がある。周りの雑音の中で聞き取ること、誰が話しているかや話題の移り変わりを捉えることが難しいからである。周りの子の話し方や、仲間外れが起きていないかにも、教師は目を配る。

話し合いでは、一度に一人が話す、先生が話す人を手で示す、出た意見の要点を板書してつながりを見えるようにする、といった工夫で、会話の輪に入りやすくなる。二人組から始めて、少しずつ人数を増やしていくこともできる。
言語の力と心の健康
聴覚障害のある子は、心の健康の面で困難を抱える割合が聴児より高いと報告されている。ただ、テキストが紹介していたデンマークの研究では、手話でも音声でも言語の力が十分にある子は、心理社会的な困難の水準が聴児と大きく変わらなかった。使う言語の種類より、その言語に習熟していることが関わると考えられている。言語の力は要因の一つであり、学級に居場所があるか、周りとの関係がどうかも合わせて見る。
教員として考えたいこと
聞こえにくい子を理解しようとするとき、聞こえの程度や補聴器・人工内耳の有無から、その子の姿を決めつけないようにしたい。まず本人と保護者、通級指導教室などの担当者に、本人が分かりやすい伝え方と表しやすい方法を確かめる。そのうえで教室では、話す人の顔が見えるようにする、資料を見る時間と話を聞く時間を分ける、理解は内容を説明してもらって確かめる。国語の物語の学習では、登場人物が何を思い、何を望んでいたかを言葉にして話し合う時間を取る。そのうえで、手順を自分で選ぶ場面や、少し難しい課題に挑戦する場面も残しておく。
参考:H. クノールス・M. マーシャーク 編、四日市章・鄭仁豪・澤隆史 編(日本語版)『聴覚障害児の学習と指導 ― 発達と心理学的基礎』(明石書店、2018年)第1〜8章


