教材研究ラボ
学校の広い部屋で、通常の学級と特別支援学級の子どもたちが一緒に大きな紙に絵をかいている。車いすの男の子は低い机に上げた紙の端に花をかき、イヤーマフをつけた女の子が手形を押している。男性の先生がそばに座って絵の具の皿を持ち、女性の先生がほかの子どもを手伝っている

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講義まとめ講義まとめ・共生のための教育

同じ場にいるだけでは共生にならない ― 共生のための教育:分離・統合・インクルーシブ教育、共感から共生へ

共生のための教育の講義で学んだ、共生社会の意味、分離教育・統合教育・インクルーシブ教育の違いとサラマンカ声明、インクルーシブ教育は共生社会の実現に寄与するのかという問いへの考察(期待される効果と課題、必要な条件)、数学の公理から考える「分かり合う」ことと共感をまとめる。

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目次
  1. 共生社会とは
  2. 分離・統合・インクルーシブ
  3. 三つの考え方
  4. サラマンカ声明と障害者の権利に関する条約
  5. インクルーシブ教育は共生社会の実現に寄与するのか
  6. 問いと仮説
  7. 期待される意義と課題
  8. 答案の結論
  9. 「分かり合う」ことと共感
  10. 教員として考えたいこと

共生のための教育の講義では、障害のある人もない人も、互いを認め合って共に生きる社会を作るために、教育に何ができるかを考えた。スクーリングでは講義のほかにグループワークがあり、科目修得試験では「特別支援教育のインクルーシブ教育を取り入れることは、本当に共生社会の実現に寄与するのか」という問いを立てて論じた。インクルーシブ教育は特別支援教育だけの手法ではないので、ここでは「インクルーシブ教育を進めることは、共生社会の実現にどう寄与するのか」という問いとして整理し直す。

共生社会とは

文部科学省の中央教育審議会初等中等教育分科会は、2012年の報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」で、共生社会を次のように説明している。これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会であり、誰もが互いの人格と個性を尊重し、支え合い、人々の多様な在り方を認め合える全員参加型の社会である。

教育は、子どもに共に生きる意識や力を育てると同時に、学校そのものが共生社会の小さな形になりうる。子どもの数が減る中でも、特別支援学級に在籍する子どもや通級による指導を受ける子どもは増え続けている(文部科学省「特別支援教育資料」)。通常の学級を担任する教員にとっても、障害のある子どもと共に学ぶことは身近な課題になっている。

分離・統合・インクルーシブ

三つの考え方

障害のある子どもの教育については、大きく三つの考え方が整理されることが多い。分離教育は、障害を理由に別の学校や学級で学ぶ形である。障害が重くても教育を受ける権利が保障され、一人一人の特性に応じた専門的な教育を受けやすい一方で、障害のない子どもと関わる機会が少なくなる。統合教育は、障害のある子どもも同じ学校・同じ学級で学ぶことを目指す。既存の学校の枠組みへの参加が中心になるため、環境や授業の変更が不十分だと、障害のある子どもの側が合わせることに偏り、同じ場にいても学びに参加できないことがある。

インクルーシブ教育は、多様な子どもがいることを前提に、学校の側が仕組みや授業を変えていく考え方である。共に学ぶ場を作るには、子どもに合わせて学校の側を変えていく必要がある。

分離教育・統合教育・インクルーシブ教育を、理念の違いとして比べた模式図。分離教育は、大きな円と小さな円が分かれていて、障害を理由に別の学校や学級で学ぶ。統合教育は、一つの大きな円の中に、点線で囲まれた小さな集まりがあり、同じ場で学ぶが、環境の変更が不十分だと子どもの側が合わせることに偏る。インクルーシブ教育は、一つの円の中に様々な色の点が混ざっていて、多様な子どもがいる前提で、学校の側が仕組みを変える。円の下に、合理的配慮・環境の工夫とある。下に、インクルーシブ教育システムでは、同じ場で共に学ぶことを追求しつつ、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった連続性のある「多様な学びの場」を用意する、点の色の違いは子ども一人一人の違いを表す、とある

サラマンカ声明と障害者の権利に関する条約

インクルーシブ教育を国際的に打ち出したのが、1994年にスペインのサラマンカで、スペイン政府がユネスコと協力して開いた「特別なニーズ教育に関する世界会議」で採択されたサラマンカ声明である。通常の学校は、身体的・知的・社会的・情緒的・言語的な条件などにかかわらず、全ての子どもを受け入れるべきだという原則を示した。

2006年に国連で採択され、日本が2014年に批准した障害者の権利に関する条約は、第24条で、障害のある人が教育制度一般から排除されないこと、他の者との平等を基礎に、自分が生活する地域社会で、障害のある人を包容する質の高い初等中等教育を受けられること、一人一人に必要な合理的配慮が提供されることなどを求めている。合理的配慮とは、障害のある子どもが他の子どもと平等に教育を受けられるよう、学校が一人一人の状況に応じて行う変更や調整で、過度な負担にならないものをいう。

2012年の報告が示した日本のインクルーシブ教育システムは、障害のある子どもとない子どもが同じ場で共に学ぶことを追求しながら、一人一人の教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できるよう、通常の学級、通常の学級に在籍しながら一部の時間に別の場で指導を受ける通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある多様な学びの場を用意する、という考え方に立っている。ただし、2022年に国連の障害者権利委員会が日本に示した総括所見は、分離された特別教育が続いていることに懸念を示し、インクルーシブ教育を進めるよう求めている。条約が求めることと日本の制度の現状をどう近づけるかは、これからの課題である。

インクルーシブ教育は共生社会の実現に寄与するのか

問いと仮説

試験では、特別支援学校の教員を目指す立場から、「インクルーシブ教育を進めることは、本当に共生社会の実現につながるのか」という疑問を出発点にした。仮説は、障害のある子どもとない子どもができるだけ同じ場で共に学ぶことで、障害のある子どもは自立と社会参加が促され、障害のない子どもは障害の理解や多様性を尊重する心を深められるので、共生社会の実現に寄与する、というものである。

期待される意義と課題

下の表は、答案で整理した「期待される意義」と課題である。効果の出方には、支援の質や子ども一人一人の状況によって差がある。

期待される意義 課題
障害のある子ども 経験が広がり、社会性が育つ可能性がある。地域の中での自立と社会参加につながりうる 必要な支援が届かないと、学習や生活の困難、ストレス、周りとの比較に苦しむことがある
障害のない子ども 障害の理解、多様性の尊重、思いやりや協力する力が育つ可能性がある 関わり方が分からないと、戸惑いや誤解が生まれる。授業の進め方に不公平を感じることもある
教員・保護者 一人一人の違いに応じる授業の工夫が、ほかの子どもの学びやすさにもつながりうる 知識や支援体制がないまま進めると、教員の負担が大きくなる

文部科学省の「交流及び共同学習ガイド」(2019年)は、特別支援学校と小・中学校の間や、特別支援学級と通常の学級の間で行う交流及び共同学習を、障害のある子どもにとっても障害のない子どもにとっても、経験を広げ、社会性や豊かな人間性を育て、多様性を尊重する心を育む機会と位置づけている。交流及び共同学習には、互いを理解し合う「交流」の側面と、教科等のねらいを達成する「共同学習」の側面がある。たとえば一緒に図工の作品を作るなら、作品作りの目標をどちらの子どもにも示し、参加の方法を担当の教員どうしで前もって相談し、終わったあとに学習の成果も評価する。

一方で、同じ教室にいるだけでは、効果は期待できない。本人の気持ちを言葉や表情、行動など様々な方法で確かめ、教員が観察や保護者との対話から困っていることをつかみ、支援を調整できるか。障害のない子どもが違いと共通点を理解できるか。これらによって、結果は大きく変わる。

答案の結論

答案では、仮説には一定の根拠があると結論づけた。今振り返ると、ここで挙げた資料は教育的な意義を示すもので、共生社会の実現への効果を検証したとまではいえない。そのうえで、インクルーシブ教育が共生社会につながるには、少なくとも次の条件が要ると考える。一人一人の教育的ニーズに応じた合理的配慮と多様な学びの場があること、教員が特別支援教育の研修を受け、校内で支え合う体制があること、そして学校だけでなく教育行政、地域、企業が協力することである。

「分かり合う」ことと共感

スクーリングの講義では、数学を例にして、人が分かり合うとはどういうことかを考えた。数学の体系は、証明なしに認める前提である公理から出発する。その前提を共有したうえで、論理を戦わせて理解し、そこに気持ちの面での納得が加わったとき、人は共感できる。共感できることが、共生社会を作ることにつながる、という道筋である。これは人が分かり合う過程を説明する比喩で、共感は相互理解を助ける一つのきっかけと捉えたい。相手の考えに納得できない場合でも、その人の権利を尊重し、必要な支援や環境を整えることはできる。共生社会は、共感と、権利の保障や環境の整備の両方に支えられる。

「分かり合う」ことから共生へ、講義で示された道筋の図。前提を共有する(数学の公理のように、まず仮定を共有する)、論理を戦わせる(考えの違いを筋道立てて出し合う)、理解し、納得する(理解に、気持ちの納得が加わる)、共感する(相手の立場や考えを受け止める)、共生社会へ(互いを認め合い、支え合う)が矢印でつながっている。下に、違いを出し合ったうえで、相手の前提や理由を理解し、受け止めるところから共感が生まれる、また、共感の有無にかかわらず、権利の保障と環境の整備が共生を支える、とある

グループワークでは、「共生社会を作るための教育とは何か」を話し合った。特別支援学校や特別支援学級に関わる人もいるグループで、学校の中に一人一人の居場所を作ること、一人一人の個性を認めて誰にとっても公正な授業を組み立てることが話題になった。新学期に特別支援学級の担任が通常の学級を訪れ、いろいろな子がいること、困ったときに使う道具や支援の意味を子どもたちに伝える取り組みも紹介された。

新学期の教室で、席に座る子どもたちの後ろ姿の向こうに、男性の担任の先生と特別支援学級の女性の先生が並んで立っている。二人は笑顔で、にこにこした顔、イヤーマフ、砂時計の絵カードを掲げて子どもたちに話している

教員として考えたいこと

インクルーシブ教育を、障害のある子どもを通常の学級に入れることだと捉えると、統合教育と同じ問題を繰り返す。大切にしたいのは、どの子も授業に参加でき、互いの違いの理由を知っている学級である。

普段から、必要な支えは人によって違うことを学級で話題にし、イヤーマフやタイマーのような道具の一般的な目的を伝えておく。特定の子どもの事情を学級で共有するかどうかは、本人と保護者の意向を確かめ、話す内容や範囲、方法を一緒に決める。そのうえで、周りの子どもが「ずるい」と感じたときには、必要な人が必要な支えを使うことを、みんなで考える時間をとる。

参考:中央教育審議会初等中等教育分科会「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」(2012年)/文部科学省「交流及び共同学習ガイド」(2019年)/国連障害者権利委員会「日本の第1回政府報告に関する総括所見」(2022年)/サラマンカ声明(1994年)/障害者の権利に関する条約 第24条/西永堅「共生教育としてのインクルーシブ教育」『共生科学』第9巻(2018年)/落合俊郎・島田保彦「共生社会をめぐる特別支援教育ならびにインクルーシブ教育の在り方に関する一考察」(2016年)