
見えない「こころ」をどう調べるか ― 心理学(1):内観から認知心理学へ、類型論と特性論
心理学(1)の講義で学んだ、ヴントの内観心理学から行動主義、ゲシュタルト心理学と精神分析学、認知心理学へと研究の対象と方法が移ってきた流れと、言語報告を手がかりに内的過程を推論するという考え方、パーソナリティを捉える類型論と特性論(ビッグ・ファイブ)の長所と短所をまとめる。
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心理学(1)の講義では、心理学が「こころ」をどのように研究してきたかを、行動、発達、学習と記憶、知覚、思考、動機づけ、パーソナリティ、社会行動と章ごとに学んだ。テキストは鹿取廣人・杉本敏夫・鳥居修晃・河内十郎 編『心理学〔第5版補訂版〕』(東京大学出版会)である。
レポートでは、心理学の研究対象がどう移り変わってきたかを整理した。科目修得試験では、パーソナリティを捉える二つの考え方、類型論と特性論を比べた。
心理学は何を研究してきたか
意識を内側から報告する
科学としての心理学の始まりとしてよく挙げられるのが、1879年にヴントがライプツィヒ大学に作った実験室である。ヴントは、心理学の対象を、人が直接経験する意識の内容だと考えた。実験室で刺激を整えて示し、そのとき意識に何が起きたかを本人に報告してもらう。この方法を内観法という。
それまでの哲学的な心理学は、研究者が自分の体験を書き記すものだったので、実験で得たデータを基にした点は大きな前進だった。ただ、信頼できる内観報告をするには訓練が必要で、対象は内観に慣れた成人に限られた。言葉で報告できない乳児や動物、訓練を受けていない子どもは、内観法を中心とする研究では対象にしにくかった。子どもの行動を観察する研究はすでにあったが、心理学の大きな分野になるのは20世紀半ばである。
外から見える行動へ
20世紀の初め、ワトソンはこうした内観中心の心理学を批判し、行動主義を唱えた(1912年の講演、1913年の論文)。心理学が科学であるなら、対象は誰もが外から観察できる行動であるべきだと考え、刺激(S)と反応(R)の結び付きを明らかにすることを心理学の仕事とした。この立場は、乳児や動物の行動も、成人と同じ方法で研究できることをはっきりさせた。
ワトソンらが生後11か月の男の子に行った恐怖の条件づけの実験(1920年)は、恐怖が経験によって学習されうることを示し、のちの行動療法の研究につながった。一方で、乳児を怖がらせる実験の手法は、倫理的に強く批判されている。また、頭の中で何を考え、どう感じているかを扱わなかったため、行動主義は「こころなき心理学」とも呼ばれた。
全体として見る、無意識を見る
同じころ、別の方向から心理学を広げる動きもあった。ヴェルトハイマーの運動視の実験(1912年)から始まったゲシュタルト心理学は、知覚を感覚の要素の寄せ集めとしてではなく、まとまりのある全体として捉えた。フロイトの精神分析学は、本人も気づいていない無意識の働きに目を向けた。
情報処理としてのこころ
1940年代からコンピュータが発達すると、人間を一種の情報処理システムとみなす考え方が生まれた。刺激から反応までの間にある、知覚・注意・記憶・思考といった内側の働きを、入力・処理・出力のしくみとして調べる認知心理学である。1950年代以降、知覚・注意・記憶・思考などの内的過程を実験的に調べる研究が広がり、ナイサーが1967年に『認知心理学』という書名の本でそれまでの研究をまとめた。認知心理学が扱うのは、本人が意識できない処理も含めた内的過程である。テキストは、心理学が1970年代には意識も再び正面から研究対象にするようになったと説明している。
今の心理学は、行動の観察、本人の報告、脳の活動、発達や臨床の場面での観察など、いろいろなデータを組み合わせて、直接は見えないこころの内側の過程を推論する。
言葉の報告は手がかりの一つ
テキストの第1章で印象に残ったのは、人が自分について語ることを、こころの状態そのものとは見ないという考え方である。人は自分の状態を必ずしも正確に言葉にできるわけではない。強い興奮の中にいるときは特にそうで、本人が正確に捉えているつもりでも例外ではない。自分の状態を言葉にする難しさは、言葉を理解したり表したりする力、質問の仕方、緊張の度合いなどによっても違う。質問紙に答えるときにも、知らず知らずのうちに自分をよく見せる答えを選びやすい。言語報告は、こころの働きを知るための大事な手がかりだが、こころの働きそのものではない。本人の言葉を大切にしたうえで、それを材料に相手の内側の状態を推論していく。言葉で表しにくい子どもには、絵や具体物、指さしなども使って確かめる。

教室にも当てはまる。「分かった?」と聞いて子どもが「分かった」と答えても、それだけで理解できたとは判断できない。ノートの図や式、説明の言葉、似た問題を解く様子を合わせて、その子が何を分かっていて、どこでつまずいているかを推論する。
パーソナリティをどう捉えるか
テキストは、人の行動の個人差を、知的な面(知能)と情意的な面(性格)に分けて扱っていた。両方を含んだ、その人らしい行動の特徴の全体を、パーソナリティと呼ぶ。英語の personality を「人格」と訳すと、「人格者」のように価値の意味が入ってしまうため、テキストは「パーソナリティ」の語を使っていた。
類型論
類型論は、人をいくつかの典型的な「型」に分けて理解する考え方である。起源は古く、古代ギリシャのヒポクラテスの体液説にさかのぼり、のちにガレノスがこれを多血質・粘液質・胆汁質・憂うつ質の四つの気質と結び付けたとされる。
近代では、精神医学者のクレッチマーが、臨床の経験から体格と気質の関係を考え、循環気質・統合失調気質・粘着気質の類型を示した。ユングは、心のエネルギーが外の世界に向かいやすい外向型と、自分の内側に向かいやすい内向型を区別した。
特性論
特性論は、多くの人に共通する「特性」を考え、一人一人をそれぞれの特性の強さの組み合わせで表す考え方である。キャッテルは、因子分析という統計の方法で16の根源特性を取り出した。アイゼンクは、外向・内向と、情緒の安定・不安定という次元を軸に整理した。
現在よく使われているのが、ビッグ・ファイブ(5因子モデル)である。パーソナリティを、外向性(人との関わりや活動を好む傾向)、協調性(思いやりや協力しやすさ)、誠実性(計画性や勤勉さ)、神経症傾向(不安などの否定的な感情の生じやすさ)、開放性(新しい経験や考えへの好奇心)の五つの特性で記述する。どの特性も、高いほうがよいという優劣や、病気の診断を表すものではない。訳語は研究によって違いがあり、テキストは日本で作られた別の名前の5因子も紹介していた。
二つの考え方の長所と短所
| 類型論 | 特性論 | |
|---|---|---|
| 捉え方 | 少数の典型的な型に当てはめる | 共通の特性ごとに、程度の強弱で表す |
| 長所 | その人の全体像を直観的につかみやすい | 程度の違いを細かく比べられる。一般の人の範囲での違いを区別しやすい |
| 短所 | 細かい特徴や程度の差が見えにくく、中間型や混合型を考えなければならない。臨床の極端な例から作られた型を一般の人に当てはめるのには問題が残る | 特性が並べられるだけなので、その人の全体像や独自性を思い浮かべにくい。行動評定や質問紙から得られる情報には限りがあり、得点だけでは動機や生活の背景まで分からない |
答案では、特性を尺度にして測り、その信頼性や妥当性を統計的に検討できる点を評価し、研究では特性論を軸にしつつ、類型論の全体をつかむ見方も手がかりにするのがよいと結論づけた。教育の場で検査の結果を使うときは、対象年齢や目的に合った検査かを確かめ、得点だけで子どもを判断しないことが前提になる。
パーソナリティを調べる方法
テキストは、パーソナリティを理解する基本は、いろいろな場面での行動の観察だとしていた。ただし、観察する場面や項目が広がると情報を整理しにくく、観察する人の主観や偏見も入りやすい。検査には、質問項目に自分で答える質問紙法、あいまいな図版などへの反応から分析する投映法、一定の作業の経過から判断する作業検査法がある。質問紙法は手軽な反面、答える人が自分をよく見せようとする傾向があるので、回答の態度を確かめる質問を組み込んだ検査もある。ただし、それで回答の偏りを全て取り除けるわけではない。投映法の分析と判定は専門家が行う。
教員として考えたいこと
子どもについて話すとき、「あの子は内向的だから」「落ち着きのないタイプ」と型で言い表すと、分かったような気持ちになりやすい。けれども、類型論の短所で見たとおり、型に入れると中間の姿が見えなくなる。特性は、その人に比較的続く傾向を表すが、実際の行動は場面や相手によっても変わる。一度の行動から性格を決めつけないようにしたい。
子どもの様子を記録するときは、「消極的」のような性格の言葉で書くのをやめ、「グループの話し合いでは発言しなかったが、ペアになると自分から図を説明した」のように、場面と行動で書く。その記録を何回分か並べ、課題の難しさや相手、準備の時間なども見比べて、その子が力を出しやすい条件の見当をつける。支援を試したら、その後の様子と照らして見直す。
参考:鹿取廣人・杉本敏夫・鳥居修晃・河内十郎 編『心理学〔第5版補訂版〕』(東京大学出版会)第1章・第8章・第10章


