教材研究ラボ
教室で、私服の4年生2人が並んで座り、等分に折った色紙のテープを見比べている

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コラムコラム

「9歳の壁」― 具体から抽象へ、学び方が変わる時期

小学校3・4年生ごろ、学習でつまずきが目立ち始めることがある「9歳の壁」。言葉の由来と、この時期に子どもと学習内容の何が変わるのか、授業でできることをまとめる。

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目次
  1. 「9歳の壁」とは
  2. 言葉の始まりは聾教育
  3. 生活言語から学習言語へ
  4. この時期、子どもの何が変わるのか
  5. 関係や概念を考える学習が増える
  6. 自分を外から見始める
  7. 学習内容も変わる
  8. 「壁」ではなく「節目」として
  9. 授業でできること
  10. 具体・半具体・抽象を行き来する
  11. ことばを育てる
  12. つまずきの原因を見取る
  13. 比べ始めた子どもを支える
  14. 特別支援の視点から
  15. 教員として考えたいこと

「9歳の壁」とは

小学校3・4年生ごろ、それまで順調に見えた子が、学習でつまずき始めることがある。 この時期の変わり目を指して、教育の現場では「9歳の壁」と呼ぶことがある(「10歳の壁」ともいう)。

ただし、これは診断名でも、学術的にきちんと定義された用語でもない。すべての子どもに同じ時期に起こるものでもない。 それでも、中学年の学習で何が変わるのかを考える手がかりとして、教員として知っておきたい考え方である。

言葉の始まりは聾教育

「9歳の壁」という言い方は、聴覚障害教育での議論にさかのぼる。

東京教育大学の教授で、附属聾学校(現在の筑波大学附属聴覚特別支援学校)の校長を務めた萩原浅五郎は、1960年代の論文などで、聾学校の子どもたちの学力が9歳ごろの水準で伸び悩む問題を指摘した。これが、のちに「9歳の壁」「9歳の峠」と呼ばれるようになったとされる。 その後の研究でも、聾学校の子どもの学力は、小学部3年生を過ぎるころから伸び方がゆるやかになりやすいことが報告されている。

やがてこの言葉は、聴覚障害のある子どもに限らず、一般の小学生が中学年でぶつかる難しさを表す言葉としても使われるようになった。

生活言語から学習言語へ

聴覚障害教育では、この課題を「生活言語」から「学習言語」への移行という、ことばの面から説明してきた。

  • 生活言語:目の前の場面や相手の表情、身ぶりなどの手がかりに支えられて使うことば(「これ、おいしいね」「あっちの公園、広いよ」)
  • 学習言語:場面の手がかりが少ない中で、教科の概念を理解し、理由や関係を説明・比較・推論するためのことば(「面積は、1cm²の正方形のいくつ分かで表す」「なぜなら〜だから」)

2つは低学年から並行して育っていくが、中学年になると、教科の学習は学習言語を前提に進む場面が増える。

聴覚障害のある子どもの中には、音声や手話で日常のやりとりはできても、十分な言語・情報へのアクセスが保障されないことで、教科の学習に必要なことば、とくに日本語の読み書きの習得に困難が生じる場合がある。 聞こえる子どもでも、学習言語が十分に育っていなければ、中学年の学習で同じようにつまずくことがある。

この時期、子どもの何が変わるのか

関係や概念を考える学習が増える

発達心理学者ピアジェは、7歳ごろから11歳ごろまでを「具体的操作期」と呼んだ。具体的な物や事柄について、分類したり順序立てたりと、論理的に考えられるようになる時期である。 11歳ごろからは「形式的操作期」に入り、仮説や命題をもとに筋道を立てて推論できるようになるとされる。

ピアジェの発達段階を年齢の帯で示した図。前操作期(7歳ごろまで)、具体的操作期(7〜11歳ごろ)、形式的操作期(11歳ごろから)が、境目をぼかして横に並ぶ。その下に5歳から13歳までの年齢の目盛りと小学校1〜6年の学年が並び、3・4年と9〜10歳の範囲が強調されている。9〜10歳には「具体的な経験を手がかりに、抽象的な関係・概念を扱う学習が増える」と添えられている。下段では、具体的操作期は「目の前の物や思い浮かべられる事柄を分類する・順序立てて考える(例:赤7こ・青3このおはじきを見て、赤より、おはじき全部のほうが多いと分かる)」、形式的操作期は「仮説や命題をもとに筋道を立てて推論する(例:振り子の速さに関係しそうな条件を1つずつ変えて、仮説を確かめる)」と説明されている

9〜10歳ごろは、具体的な経験を手がかりにしながら、より抽象的な関係や概念を扱う学習が増えていく時期にあたる。 ただし、ピアジェの年齢区分はあくまで目安であり、この理論だけで9歳前後のつまずきを説明できるわけではない。発達には大きな個人差がある。

自分を外から見始める

この時期には、自分のことも少しずつ客観的にとらえられるようになる。それは成長だが、友だちと自分を比べて「自分はできない」と感じるきっかけになる場合もある。 学習のつまずきと自信のなさが重なると、苦手意識につながりやすい。

学習内容も変わる

子どもの側が変わる時期に、学習内容の側も、扱う範囲が広がり、図や資料、ことばを介して関係を考える学習が増えていく。

教科 3・4年生で出会う内容の例 難しさ
算数 3年:小数・分数/4年:面積、角の大きさ、億・兆までの大きな数、わり算の筆算 数を「量」や「関係」として考える必要がある
理科 3年:電気の通り道、磁石の性質/4年:空気や水の性質、月や星 観察や実験の結果から、直接は見えない性質や変化を考える
社会 3年:地図や地図記号、自分の市の様子/4年:県の様子 行ったことのない場所を、地図や資料から考える
国語 段落のまとまり、説明文の構成、登場人物の気持ちの変化(4年生の教科書で扱われることの多い「ごんぎつね」など) 離れた叙述どうしを結びつけて、心情の変化や文章の組み立てを考える

分数は2年生で 1/2 や 1/4 などに簡単に触れているが、3年生では、はしたの大きさを分数で表すことを本格的に学ぶ。 たとえば、1mを4等分した1つ分の長さは 1/4m である。初めて学ぶときには、数字だけを見ていても、それが「全体の1mと比べた大きさ」を表していることは捉えにくい。

国語でも、「ごんは、なぜくりを届け続けたのか」を考えるには、「つぐない」ということばや、兵十を自分と同じ「一人ぼっち」と重ねることば、毎日くりを届ける行動など、ばらばらに書かれた叙述を結びつけて、ごんの気持ちの変化をとらえる必要がある。

「壁」ではなく「節目」として

「壁」という言葉は、乗り越えられないもののように聞こえる。けれど、この時期は抽象的に考える力が伸び始める飛躍の時期でもある。 越えられるかどうかは、子どもの力だけで決まるわけではない。具体から抽象への階段を、授業がどれだけていねいに用意できるかにもかかっている。

授業でできること

具体・半具体・抽象を行き来する

左から「具体物(紙テープを4つに折って1つ分を切り取る)」「半具体物(テープ図に表す)」「数・ことば(1mを4等分した1つ分の長さを、4分の1メートルと数で表す)」の3つが並び、両方向の矢印で結ばれている。下に「一方通行で終わらせず、分からなくなったら前の段階に戻る」と書かれた図

  • 具体物の操作、図、数や式・ことばの3つを対応させながら扱う。どこから入るかは、子どもがすでに知っていることに応じて決める
  • 一度数や式まで進んでも、分からなくなったら図や具体物に戻ってよいことにする
  • 反対に、式やことばを見て、図や具体的な場面を思い浮かべる活動も入れる(式を読む)

ことばを育てる

  • 「等分」「面積」「段落」など、学習で使うことばを、具体例と結びつけて確かめる
  • 考えたことを、友だちに説明する・書く場面をつくる。説明してみることが、自分の理解を確かめる機会になる

つまずきの原因を見取る

同じ「分数が分からない」でも、どこでつまずいているかは子どもによって違う。分数なら、たとえば次のように確かめていく。

確かめること つまずいていたときの手立ての例
同じ大きさに分けられるか 紙テープを折る・切るなど、等分の操作をもう一度体験する
何を全体(1)と見ているか 全体の1mのテープと並べて、どれと比べた大きさかを確かめる
図と数を対応させられるか テープ図に数を書き込む、数から図をかく、の両方を練習する
問題文のことばを理解できるか 「等分」「〜の何分の一」などのことばを、図や具体物と一緒に確かめる
  • 九九や基本的な計算が不安定だと、新しい考え方に注意を向ける余裕がなくなる場合がある。基礎の確認も続ける
  • 授業の中での手立てで改善しないときは、一人で抱え込まず、校内の特別支援教育の担当者などと相談する

比べ始めた子どもを支える

  • 結果だけでなく、考え方や工夫を認める
  • 友だちとの比較ではなく、その子自身の前の姿と比べて伸びを伝える

特別支援の視点から

聴覚障害教育では、音声や手話で得た概念を日本語の読み書きにつなぐ指導と、授業の情報を確実に届ける情報保障が、この課題に向き合う大切な柱とされてきた。

知的障害や発達障害のある子どもについても、障害名から一律に「抽象的な思考が苦手」と決めつけることはできない。 ことばの理解、抽象的な説明の理解、注意や記憶など、どこに困難があるかは一人一人異なる。暦年齢にふさわしい学びを尊重しながら、その子がいまどこでつまずいているのかを課題ごとに見取り、具体物や図を使う場合も、本人の理解に合わせて選び、効果を確かめていきたい。

具体物や図を手元に残しておく、ことばを具体例とセットで示す、といった工夫は特別支援教育で大切にされてきたものであり、通常の学級の多くの子どもにとっても、理解の手がかりになりうる。

教員として考えたいこと

3・4年生を担任したら、子どもが「急にできなくなった」と見る前に、学ぶ内容と求められる考え方が変わったのではないか、と考えてみたい。 そのうえで、どこでつまずいているのかを見取り、その子の手元に、いつでも戻れる具体物や図があるかを確かめる。抽象への足場をていねいにかけることが、この時期の授業づくりの中心になる。