
講義まとめ重複障害教育総論重複障害自立活動:人間関係の形成(1)自立活動:コミュニケーション(1)自立活動:環境の把握(4)
講義まとめ講義まとめ・重複障害教育総論重度・重複障害のある子の学び ― 微細な表出に応えることから始める
重複障害教育総論で学んだ、障害が重く重複している子の学習の考え方。代弁や手を取る支援の問題、潜在能力を外界から遮断する壁、二項関係から三項関係への共同注意の発達、行動を引き出す環境、目標の立て方をまとめる。
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目次
重複障害教育総論の講義では、障害が重く、いくつもの障害を併せ有する子ども(以下、重度・重複障害のある子)が「学ぶ」とはどういうことかを考えた。 テキストは、肢体不自由の特別支援学校で長く教えた著者が、心理学の理論を基に重度・重複障害のある子との関わり方の基礎をまとめた本である。すぐに使える授業例を集めた本とは違い、子どもをどう見るか、どう関わるかに重きが置かれている。
重複障害と、自立活動を主とした指導
特別支援学校学習指導要領解説(自立活動編)では、重複障害者を、その学校に就学することになった障害の他に別の障害を併せ有する児童生徒としている。視覚障害・聴覚障害・知的障害・肢体不自由・病弱のうち、原則として学校教育法施行令第22条の3に定める程度の障害を複数併せ有する者を指す。ただし、この規定を教育課程の編成に当てはめるときは、指導上の必要から、言語障害・自閉症・情緒障害などを併せ有する場合も含めて考えてよいとされている。
重複障害のある子は、一人一人の障害の状態がきわめて多様で、発達の側面ごとの差も大きい。そのため学習指導要領は、重複障害者のうち、障害の状態により特に必要がある場合には、各教科などの一部や全部に替えて、自立活動を主として指導を行うことができると定めている。ただし、道徳科と特別活動は、目標と内容の全部を替えることはできない。 解説は、障害が重い・重複しているという理由だけで、各教科の目標や内容を扱うことを検討しないまま自立活動を主とした指導にすることのないよう、注意も促している。
「何を学ぶのか」という長い問い
1971年の学習指導要領の改訂で、障害による困難の改善・克服を目指す領域として「養護・訓練」が設けられた。1979年に養護学校が義務制になると、それまで就学猶予・免除とされることの多かった、障害の重い子どもたちが学校に通うようになった。 テキストによれば、このころから現場では「何を学習させればよいのか分からない」という悩みが続いてきた。1999年の改訂で養護・訓練は自立活動に名前を改めたが、この問いは今も残っているという。
テキストは、肢体不自由の特別支援学校でよく見られる授業の姿として、次のようなものを挙げていた。
- 子どもの代わりに教師が気持ちを話す(代弁)
- 教師が子どもの手を取って動かし、友達と関わらせる
- 子どもをはさんで、教師どうしがあいさつややりとりをする
- 「楽しませる」「経験させる」で終わり、何を学んだのかが分からない
どれも、教師は子どものためと思って行っている。けれども、どの場面でも子ども自身の表出に誰も応えていない。著者自身も、発表の場面で子どもの思いを推し量って代弁し、それを当たり前だと思っていたと書いている。
障害そのものに加えて、外界との関わりが断たれることに目を向ける
テキストは、ヴィゴツキーの障害観を土台にしている。ヴィゴツキーは、障害のある子も障害のない子と同じように発達の可能性をもつと考え、障害による困難を2つに分けた。障害そのものによる困難と、障害のために外界に働きかけたり外界から情報を受け取ったりする機会が断たれて生じる、二次的な困難である。テキストの紹介によれば、ヴィゴツキーは、学びを難しくしているのは後者のほうが多いと考えた。
重度・重複障害のある子の場合、外界との間にある壁は1つではない。
| 壁 | 学びへの影響 |
|---|---|
| 運動 | 頭を見たい方向に向けて保つ、動く物を目で追う、手を伸ばして触る・持つ・振る・投げるといった探索がしにくい |
| 視覚 | テキストが紹介する国立特別支援教育総合研究所の研究(2008年)では、協力した肢体不自由の特別支援学校3校で、児童生徒のおよそ半数に視覚の課題があると推測された。テキストは中澤(2008)を引き、中枢性の運動障害のある子には、眼球に異常がなくても脳で見たものを処理しにくい中枢性視覚障害を併せ有する場合が多いと述べている |
| 表出 | 声やしぐさがとても小さいため、思いや理解していることが周りに伝わりにくい |
テキストには、小学部3年生の子の例が挙げられていた。体はほとんど動かせず、光が分かる程度の視覚だが、担任がていねいに関わり、小さな声や指の動きから心の動きを読み取っていくと、1歳半くらいの子と同じ程度に言葉を理解しているという見立てが得られた。体の動きで外に表れていた力は、小さな声と中指のわずかな動きだけだった。 外から見える力(顕在能力)だけで判断すると、その子のもつ力(潜在能力)を低く見積もってしまう。教師の仕事は、壁を取り除く関わりや環境を用意して、潜在能力が表に出てくるようにすることだと、テキストは述べている。
微細な表出に応える
やりとりの関係を作る
テキストは、重度・重複障害のある子でも、まったく動きが見られないことはまれだと述べている。特定の指先だけが動く、足がときどき動く、顔の一部や目が動く、といった小さな動きがある。テキストが繰り返し強調していたのは、その動きに教師が応えることだった。 指先が動いたら、教師がその手に触れる。また動いたら、また触れる。初めは周りを意識せずに動かしていた子が、自分の動きと「触れられること」がつながっていると気づくと、相手に向けて動かすようになっていく。子どもが動かしたら応える、という順番を守ることが、やりとりの出発点になる。 反対に、本人の表出を確かめないまま教師が手を取って動かすと、その動きには子ども自身の意図が入らない。テキストは、本人の小さな動きを教師の介助で大きな動きに置き換えることや、本人に代わって話すことを、子どもの表出を育てない関わりとして挙げている。姿勢を整える、物に手が届くようにするといった介助と、本人の働きかけそのものを教師が肩代わりすることは、分けて考えたい。
やりとりは、テキストの言い方を借りると「やり―とり―やり―とり」と代わりばんこに続くキャッチボールである。テキストが示す変化の例は、次のようなものだった。現れ方や順序には一人一人違いがある。
応答にどう返すかも、その子に合わせて選ぶ。触れられることが心地よい子もいれば、声や音のほうが受け取りやすい子、触れられるのを嫌がる子もいる。一度の動きをすぐに特定の意思だと決めつけず、いくつかの場面で確かめていく。 テキストは、表出に応えてもらえなかった期間が長い子では、自分への応答だと気づくまでに時間がかかる場合があると述べる。著者は、やりとりの関係ができるまで3か月ほどかかった例もあるが、一度気づくと子どもからの表出は増えていくと書いていた。 動きがはっきりしてきたら、応えるときに言葉を添えるなど、教師の応答を少しだけ広げる。乳児の「まんま」に「おいしいまんまだね」と返すような、拡充模倣と呼ばれる関わり方である。
共同注意 ― 二項関係から三項関係へ
やりとりを重視する理由として、テキストは共同注意の発達を詳しく扱っていた。共同注意とは、相手が何に注意を向けているかを分かったうえで同じものを見て気持ちを分かち合ったり、自分が見ているものを相手に示して気持ちを伝えたりすることである。
- 二項関係(向かい合いの関係):子どもと大人が1対1でやりとりする。同じころ、子どもは物を見る・なめる・打ち鳴らすなどして、物とも関係を作る
- 三項関係(並び合いの関係):人との関係と物との関係が合わさり、子ども・大人・物の三者の間で注意と気持ちを分かち合う
「向かい合い」「並び合い」は関係を表す呼び名で、実際の体の向きを指すわけではない。見えにくい子では、同じ物に一緒に触れる、同じ音に一緒に耳を傾けるといった形で注意を分かち合うこともある。
障害のない子では、生後9か月ごろに三項関係への移行が起こるとされる。トマセロは、この時期に他者を「自分と同じように意図をもって行動する存在」として理解し始めることを「9か月革命」と呼んだ。
二項関係では、相手が誰でもよいわけではない。子どもが気持ちを伝えたいのは、自分が好きで信頼している特定の大人であり、その相手との情緒的な絆が三項関係の土台になる。 重度・重複障害のある子は、人と関わりたいという性質をもっていても、障害のために乳児期のやりとりの経験を十分に積めていない場合がある。だからこそ、学校でも特定の教師との1対1のやりとりから始めることに意味がある。テキストは、信頼関係ができると、子どものほうから教師の様子をうかがい、教師の働きかけにも注意を向けるようになると述べていた。安心できる相手には、「これがほしい」という要求も、「いや」という気持ちも出しやすくなる。その子への応え方を周りの教師と共有し、関われる相手を少しずつ広げていくことも、学年の替わり目を考えると欠かせない。
環境が行動を引き出す
生態心理学の視点
テキストのもう一つの柱が、人の行動は環境によって大きく変わるという生態心理学の考え方である。
- ギブソンのアフォーダンス:環境が人に与える行動の機会。山道の切り株が、登山者に「座る」ことを促すようなもの
- バーカーの行動場面:人の行動は、その人がいる場の決まりや人・物の配置によって変わる
テキストが引く宮武(1990)の研究では、重度・重複障害のある子の行動は、特定の人や特定の場所と結びついて学ばれていることが多いとされる。担当の教師が替わると、それまでできていたことがしばらくできなくなる場合がある。学んだことはどこでも使えると考えがちだが、この子たちには当てはまらないことがあり、学年の替わり目の引き継ぎを考えるうえでも大事な指摘だった。
環境を固定し、自分で選べるようにする
テキストで紹介された工夫には、次のようなものがあった。
- 家では寝返りをして指で畳をかりかりこする子が、学校のマットの上ではほとんど動かなかった。マットの外側にござを敷くと、学校でも寝返りをして、ござをこすって遊ぶようになった
- 蛍光色が見えやすいと分かった子に、黒い画用紙と蛍光色の絵の具を用意し、座位保持いすと立てた画板で、体を傾けたときに手の動きと視線が合うように整えた。手を介助されずに、自分で色を選んで描くようになった
- おもちゃを自分で取りに行ける決まった場所に「玩具コーナー」を作った。車いすから降りると、自分でそこへ移動して遊ぶようになった
どれも、子どもに何かを教え込む前に、子どもが自分から動ける場を整えている。物の置き場所や活動の場所が決まっていると、子どもにとっては物を探したり、次に起こることを予測したりする手がかりになる。テキストはこれを、目の前にない物や、これから先のことを思い浮かべる力の育ちにつながり得るものと位置づけていた。
見通しを伝える ― 朝の会を見直す
重度・重複障害のある子は、声をかけられても伝わっておらず、気がついたら別の場所で活動が始まっていた、という経験をしがちだとテキストは指摘する。 多くの学校で行われている朝の会の予定の確認も、文字のカードを貼って音声で説明するだけでは、言葉や文字の理解が難しい子には届かない。テキストは、子どもの理解の程度に合わせて伝え方を変えることを提案していた。表はその例で、実際には実物・写真・絵・文字のどれを手がかりにできるか、見え方や聞こえ方も含めて一人一人確かめて選ぶ。
| 子どもの理解の程度 | 予定の伝え方 |
|---|---|
| 知的発達の遅れが重い | その日の中心になる活動だけを伝える。その活動で使う教材を見せたり触らせたりし、活動で流す曲を聴かせる |
| 1日の流れが分かる | 活動ごとに教材を示し、曲を聴かせる。教材を長テーブルに並べておき、活動のときにそこで確かめてから移動する |
| 音声で伝えられた活動が分かり、文字の時間割も分かる | 文字の予定表を使う |
朝の会を全員そろって同じ方法で行う必要はなく、予定の確認だけを小集団や個別に分けてもよい。朝の会の形を守ることより、一人一人に予定が伝わることを優先する、という考え方である。
目標の立て方と評価
個別の指導計画の目標について、著者は次のように提案していた。
- 「〜を体験する」「〜を楽しむ」「経験を広げる」のような目標は、何ができたら達成なのかが分からず、何年も同じ目標のままになりやすい
- 反対に「〜を何回」「〜秒保つ」といった数値の目標も、回数や時間は興味の有無で大きく変わるので、それだけで達成を判断すると子どもの学びを見誤りやすい
- 長期目標は半年以内、短期目標は1か月以内に達成できるものにし、子どもの心の動きや理解の深まりも目標にする(著者の提案で、制度上の決まりではない)
例として紹介されていたのは、ツリーチャイムを使った歌遊びである。子どもがツリーチャイムを鳴らしたら、それを合図に教師が歌う。短期目標を細かく刻むと、10日ほどで一つの目標を達成して次に進めたという。最後の目標は、鳴らす速さや音の大きさを自分で考え、教師の歌との調和を楽しむことだった。同じ「楽しむ」でも、何をどう楽しんでいるのかが具体的に書かれている。
評価については、「今日は笑顔だったね」で授業を振り返りがちなことへの指摘もあった。テキストは川住(2018)を引き、子どもは学習に集中しているときには笑っておらず、真剣な表情をしていることが多いと述べる。著者自身も、取り組んでいる間は真剣で、一区切りすると満足そうな顔になる、という表情の移り変わりを何度も見たという。ただ、真剣に見える表情が緊張や疲れの表れのこともある。笑顔の有無だけで判断せず、その子の普段の様子と比べながら、自分から働きかけたか、教師の応答に応えたか、繰り返すうちに変化があったかを合わせて見ていきたい。
教員として考えたいこと
特別支援学校に限らず、教師は子どもが困っていると、つい手を出したり、代わりに言ったりしてしまう。重度・重複障害のある子の場合、その「代わり」が日常になりやすく、本人の小さな表出が見過ごされたままになる。 まずは目の前の子の指先や視線、表情の小さな変化を見つけ、それに応えることから始めたい。そのうえで、その子が自分から動ける場所や物の配置を考え、何ができたら達成なのかが分かる目標を短い単位で立てていきたい。
参考:樋口和彦 編著『重度・重複障害児の学習とは? ― 障害が重い子どもが主体的・対話的で深い学びを行うための基礎』(ジアース教育新社、2021年)/文部科学省「特別支援学校教育要領・学習指導要領解説 自立活動編(幼稚部・小学部・中学部)」(2018年)/M. トマセロ『心とことばの起源を探る』(勁草書房、2006年)